死んだ人と生きていくということ 2

記録 もみえりについて

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医者に彼の死を告げられた時、正直、本当に意味がわからなくて「何を言ってるの?そんなはずないじゃん?」という気持ちにしかなりませんでした。

「本当に助からないんですか?何をしても?」

そう絞り出した声で言って。でも医者は「運ばれた時から1時間手を尽くしたけど一度も心臓は動かなかった。世界中で1人も1時間心臓が動かなくて助かった人はいない」と、しっかりと私の目を見て言いました。

半分泣いている状態だったけど、不思議と涙は出ず、ただ心臓はずっと早くて、冷静な自分とパニックになっている自分が両方いるような感覚でした。

医者に連れられて入った部屋に、複数の管に繋がった彼がいました。

私が部屋に入ると周りにいる看護師や医者が彼から少し離れ、手を止めました。

彼らが手を止めるものだから、私は思わず「もう何もしないんですか?」と少し強く言ってしまい、それに対して看護師が何かを言いかけましたが、隣にいた人に制止されていました。きっと正論を私に伝える前に、私が落ち着く時間をくれたのだと思います。

その後今後の流れのようなものを説明されましたが、あまり覚えていません。説明の後、数分だけ眠っている彼と2人きりにさせてもらえました。

いつもより寝相良く真っ直ぐ仰向けになってただ眠っているような彼が、死んでいるなんて信じられなくて、ずっと手を握って、キスをして、彼を見つめていました。

悲しいという感情すら湧かず、ただ受け止められずにいました。

いつも通り笑って生活していたかっただけなのに。2人でいることが当たり前で、よくお似合いだねって言われてたのに。あと4ヶ月で結婚する予定で、来月両家顔合わせするからレストラン決めなきゃねって話してたのに。私たちに気を遣ってうるさく言ってこないけど、ママもパパもお義母さんもお義父さんもばあちゃんもじいちゃんもみんな、結婚も将来の子どももすごく楽しみにしてくれてたのに。

ただ、本当に、隣にいてくれるだけで私は幸せだったのに。

彼とは同い年で、高校生の頃、友達の彼氏の友達というつながりで出会いました。

最初はお互い興味がなく、連絡先だけ交換していましたがなんのやり取りもせずにいました。(たぶん1年くらい?)

その頃私は大学受験真っ最中で、抜毛症?ぽくなって若干頭頂部が禿げるくらい勉強にこん詰めていたので、彼氏とか(欲しかったけど)つくれなかったんですね。

そんな中、ダメ元で受けた推薦で運良く受かって受験から解放されました。「やったー」と思ってたんですが、同じ学校の周りの子たちは一般受験を控えてたので遊びに誘えず、どうしようかな?と思ってた時にたまたま彼と仲が良くて、かつ私と同じ高校だった人がSNSに彼との写真を投稿していました。

それが、高校3年生のクリスマス。彼の18歳の誕生日でした。

私は軽い気持ちで「クリスマスが誕生日だったんだね!おめでとうって言っておいて!」とその投稿にコメントしました。すると「ありがとう!遊ぼうだってさ!」とコメントが返ってきました。

受験が終わりちょうど暇をしてた私は、彼と一緒にカラオケや映画に行くようになりました。彼とは2人で会ったその時から、馬が合うというか、めちゃくちゃ自然体でいれて、とにかく心地よかったのを覚えています。なんでも正直に言い合えて、ただ一緒にいるだけで楽しく思える彼と自然と付き合う流れになりました。

4月になり私は大学に入って、彼は就職しました。

その時はまだ3ヶ月とかだったし、私は彼氏とかいたことなかったので恋愛とかよくわからなかったし、大学生と社会人ってやってけるのかな?大学在学中に別れるんじゃないかな?と正直思っていました。

でも、マジで全然そんなことなかったです。笑

ずっと好きでした。たぶん彼も。

少し言い合うくらいはあっても、喧嘩という喧嘩はしなかったし、意見が食い違うことがあってもお互い論理的に話して解決する方が性に合ってたので、うまくやってけてたんじゃないかなと思います。

それにやっぱり好きっていう感情がずっとあり続けたのがでかいと思います(何度も言う笑)。

彼が職を変えても、私が就職しても、一緒に住み始めても、2人の関係は何も問題なく進んでいました。私が仕事のことで愚痴を言っても、ずっと聞いてくれてたし、彼にはなんでも正直に話せて、彼はそれを全部受け止めてくれていました。それが本当に、本当にありがたかったし、感謝していました。彼がいたからこそ大学も仕事も踏ん張って頑張れました。

そんな彼がしたことの中で私が一番影響を受けたことは、彼の起業でした。

死んだ人と生きていくということ3 へ続く

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